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高松高等裁判所 昭和55年(ネ)196号 判決 1981年10月27日

控訴人

高知県

右代表者知事

中内力

右訴訟代理人

氏原瑞穂

被控訴人

小松文雄

右訴訟代理人

隅田誠一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一当裁判所も被控訴人に対する本訴請求は原判決が認容した限度で理由がありその余は理由がないものと判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1 原判決一四枚目裏末行の「検証の結果」の次に「、当審証人尾崎和彦の証言並びに弁論の全趣旨」を加え、同一五枚目表三行目の「していた際」を「をし、」に改め、同四行目の「生徒らのうち」の次に「大声で叫びながら寄つて来た数名の者につかまえられ、」を加え、同一二行目の「別の」を「右の」に改め、同一五枚目裏八行目の「ついて」の次に「被控訴人と」を加え、同一七枚目裏五行目の「で」を「、大声で騒ぎながら」に、同六行目の「同人」を「同尾崎」にそれぞれ改め、同一八枚目表一〇行目の「いうことだつた」を「言つた」に改め、同一九枚目表五行目の「前記」の次に「尾崎や」を加え、同二〇枚目表一一行目から同二〇枚目裏一〇行目まで判旨を「3 そこで、東工業高校の教諭において被控訴人の身体に対する安全保持義務違反があつたか否かについて検討する。右認定事実によると、東工業高校の中井教諭は、当日午前九時すぎごろ山本教諭が出張のため右体育館を離れた後においては、同教諭に代つて被控訴人らの鉄棒の自習を監督していたものであるところ、被控訴人に対する本件集団暴行は、第一時限の体育授業時間内から終了時にかけて、同授業に使用したウレタンマットを用い原審被告尾崎に対する同種の悪ふざけ的集団暴行に引続いて行なわれたものであり、これらの集団暴行は、いずれも中井教諭の監視し得る場所で公然と多数の生徒によつて行なわれたものであるから、同教諭において、これを発見して制止し、被控訴人の身体に対する安全を保護すべき義務を怠つた過失があるものと解するのが相当である。すなわち、同教諭は、かねてから生徒らに対し、体育の授業や体操のクラブ活動の場合を除き、ウレタンマットの上に上つたりしないように注意していたし、過去に行なわれた本件と同種の集団暴行には気がついていなかつたというのであるから、生徒らが高校三年生であつて自己の行為の結果につき相当の分別を有していたにしても、なお、右尾崎に対する集団暴行が公然と行なわれた際、直ちにこれを発見して制止するのはもちろん、これに関与した生徒らに対し十分注意を与えるべきであつたのにもかかわらず、これをなさなかつた。そこで、前記生徒らは、自習による授業が終つたという解放感とあいまつて、同教諭による注意もないので、引続き被控訴人に対する本件集団暴行に及んだものと容易に推認することができるところ、生徒らは、数名がかりで、大声で叫びつつ被控訴人をつかまえ、約一五メートルにわたつて同人を宙づりにして移動させるという異常な行動に出ていたのであるから、中井教諭としては授業終了後とはいえ、未だ用具の後片付けが完了していない教場における生徒らの動向に注意を払うべき責務があり、その注意をしておれば右のように生徒らが異常な行動に及んでいる気配を感知でき、即座にその生徒らを諫止することにより、本件のような集団暴行が発生することを防止し得たはずであるのに、未だ体育館内に残つていた生徒らに対する注意を怠つた点に過失があるというべきである。。」と改め、同二一枚目表一一行目の「事実は、」の次に「被控訴人と」を加え、同二二枚目表五行目の「ある」を「あつた」に、同八行目の「人」を「入」にそれぞれ改め、同一一行の「第一八号証」の次に「及び弁論の全趣旨」を加える。

2  当審証人中井幸増は、本件事故発生当日、中井教諭は、体育館の西側コートで行なつていたバレーボールの試合を午前九時三〇分のチャイムが鳴つたと生徒から言われたので、ホイッスルを吹いてやめさせ、続いて被控訴人らのいた東側のコートに近付き、生徒らに対し練習をやめて片付けるように指示し、それからバレーボールをしていたクラスの生徒の終礼を受けた後、しばらく隣のコートのほうを見てから、教員室のほうへ向つて歩いていつた際、わーつという歓声が聞こえたので振り向くと、マットとマットの間に挾まれた生徒が目についたので、「やめろ」と怒鳴つたところ、すぐマットの間から原審被告尾崎が出て来て、生徒が上のマットと下のマットをそろえ出したので、体育館の方から眼を離し教員室へ入つた旨供述するが、当審証人尾崎和彦の証言によると、原審被告尾崎は、当日、第一時限目の後片付けがなされ出したころ、マットに腰かけて隣のコートのバレーボールの試合を見ていたところ、いきなりマットをかぶせられたが、そのころまでには第一時限終了のチャイムを聞いていなかつたことが認められ、しかも、前記認定のとおり、右尾崎に対する集団暴行に引続き被控訴人に対する本件集団暴行が公然となされているのであるから、中井教諭が果して右のように注意したのであるか疑問があり、これらの事実と<証拠>に照らすと、当審証人中井幸増の前記供述はにわかに採用することができない。

3  のみならず<証拠>によると、本件事故当日は、土曜日であつたが、保健体育の授業は五単位(五時限)が予定されていたのに、山本教諭は生徒を連れてバスケットボール大会へ出掛けねばならず、このことは数日前から学校の管理者、教職員にも周知のことであつたから当日、体育担当教諭として残るのは中井教諭一人となるのに山崎教諭はあえてこの日に年次休暇を求め学校の管理者は漫然とこれを承認したため、山本教諭は授業開始から約二〇分間でバスケットボール大会に出掛け、中井教諭は自分の本来担当である電子科三年B組のほか四〇名近い被控訴人の属していた機械科三年B組をも担当せざるを得なくなり、電子科三年B組の生徒にはバレーボールをさせ、その近くのステージに上つて指導し、授業終了のチャイムとともに授業終了の挨拶も行つたが、機械科三年B組の授業は山本教諭が生徒に課していた鉄棒の自主授業を遙か離れていたところから望見していただけでほとんど指導らしきことをせず、授業の終了の挨拶も行わず漫然と授業終了としてしまつたことが認められ、山本教諭が不在であるこの日山崎教諭がなぜ年次休暇をとらねばならなかつたのか理由が明らかでないし、三人の保健体育教諭のうち二人が不在となり、一人しか残らないのに学校長以下の管理職がそれを補充して生徒指導を手伝うとか然るべき対策をとつた形跡は何もない。

この認定事実によると、被控訴人のクラス員は後四か月半で高校卒業が予定されていた一七、一八歳の少年で義務教育の小中学生とは異なり可成り事物の判断能力も備わり自主的な行動をとれるとはいえ、四〇名近い少年の集団に適切な指導監督者がなければ本件事故の発生が物語るように暴走することもあることは予想できるのに、山崎教諭は何らの配慮をせずに年次休暇をとり、学校長以下の管理職もその補填に必要な対策をとらず、中井教諭も授業終了のけじめをつけ、後片付けその他について生徒に緊張感を与えることで事故の発生を防止し得た可能性があるのにそれらの配慮を怠つたもので、被控訴人の属したクラスの当該体育授業に係る学校当局者らにおいてなすべき義務を怠つた過失があつたといわざるを得ず、生徒らによる本件集団暴行は、右学校当局者らの教育上の熱意、緊張感欠如の反映とみるべき余地がある。

二よつて、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、原判決が認めた限度において認容すべきものであつて、本件控訴は理由がないから棄却し、控訴費用の負担につき、民事訴訟法第九五条本文、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(菊地博 滝口功 川波利明)

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